八ヶ岳連峰の赤岳、阿弥陀岳に登った。

登ってる途中で当然のことながら至るところに土があり、というかいろんなものは土から出て来るというか派生して来るのだから、いま絶賛闘病中の、職業としては土木に携わる父親のことをおもいだし、父は土が好きとまではいかなくても、親しみを覚えているのには間違いなかろうが、関わり方として土木は間違っていたかも知れないとおもった。土を掘り起こすにしても考古学とか、そういう関わり方もできように、土木という資本主義的な、というのが間違っているなら、ひどく文明的な?ものに関わったのが、運のツキであったような気がする。学者であれば土木の学問的なおもしろさに単純に埋没できようけれども、職業としてまして自営業であればわずわらしい人間関係もこなさなければならないが、基本人間が好きではないので、そこがうまくいかなかったかとおもう。(談合などは当たり前と聞いた)。しかしそもそも学者のように勉強好きでもないし、考古学に必要そうな辛抱強さもないだろうから、けっきょく、彼はいろいろ間違ったというだけで、私もまたあるはずだった父の幸せな姿について、思い違いをしているはずだ。
中上の「枯木灘」にあるような、土をあたる労働の単純なよろこびは、私の家の家業とは遠くあるようにおもえた。

まあ、山に登ったらいいんじゃないですかね、と自分が登山を楽しんだのでおもった。よくなったら尾瀬に行ったりしたらいいんじゃないですかね、私は旅費を負担するつもりはさらさらないんだけども。お金さえだせばいっしょに行ってやってもいいかもね、とおもったけれど、ところかまわず立ちションし唾を吐き捨てるような反文明的な性をつぎにおもいだして、やっぱないわ、ぜったい連れて行かないわ、と私のなかの優しさのようなものは瞬時に立ち消えた。

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